形のある建造物や美術品だけが対象ではない。世代を超えて口承や身体感覚を通じて受け継がれてきた技、儀礼、知識体系――それらを保護・継承する枠組みとして機能しているのが、ユネスコ(UNESCO)による「無形文化遺産」の登録制度だ。
和食の伝統的な食文化や、各地の伝統芸能、手漉き和紙の技術など、日本各地の営みも数多く指定されている。急速な都市化や効率主義の波によって失われかけたローカルな知恵が、世界的価値として認められるプロセスは、多文化共存の理念を体現するものだ。
無形文化遺産が目指すのは、単なる過去の保存ではない。激変する現代社会において、人間コミュニティが自己のアイデンティティを見失わずに未来へ進むための「錨(いかり)」を提示することにある。