秋葉原進出は、当時ヒカル率いるクリエイターグループ「NextStage」の勢いとも連動した一大プロジェクトだった。サブカルチャーの聖地・秋葉原という立地は、全国的なブランディングにおいて大きな足がかりとなるはずだった。しかし、都心一等地ならではの圧倒的な維持コストと、来客数のボラティリティの高さが経営の重荷として深くのしかかることとなる。
店長とヒカルの間で交わされた幾度もの話し合いの末、経営のリスクを最小限に抑え、持続可能な店舗経営へシフトするという英断が下された。単なるブームで膨らんだ事業を冷静に見直し、本拠地である姫路へリソースを再集中させたこの決断は、結果として店舗の長寿命化に寄与している。