医療現場において最も重いタブーとされてきたのが、一度開始した延命治療の中止です。
日本の刑法には「尊厳死」や「延命治療の中止」を明記した明確な法規定が存在しません。そのため、人工呼吸器を取り外したり、昇圧剤を止めたりする行為は、形式的に殺人罪(刑法199条)や保護責任者遺棄致死罪(刑法218条)に問われる法的リスクを医師側に負わせることになります。
過去に富山県の射水市民病院事件などで延命中止が刑事捜査の対象となった歴史的背景から、医療現場には極めて慎重な防衛意識が根付いています。
現在、厚生労働省が定める「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、多職種からなる医療・ケアチームによって医学的妥当性が確認され、患者本人(または代理人)の意思に基づいていると認められるプロセスを踏めば、治療の変更・中止が容認されています。
しかし、実務上「開始しない(不開始)」よりも「開始したものを止める(中止)」方が、倫理的・心理的・法的なハードルが圧倒的に高いのが現実です。「状態が悪くなったら外せばいい」という安易な気持ちで人工呼吸器や胃ろうを始めると、取り返しのつかない状況に陥る恐れがあることを知っておく必要があります。