サワーとチューハイの呼び分けが生じた背景には、昭和中期の東京における2つの異なる大衆酒場カルチャーの存在があります。それぞれのルーツを辿ると、当時の酒場店主たちが知恵を絞って生み出した開発秘話が見えてきます。
チューハイの語源は、「焼酎(ショウチュウ)」の「チュウ」と「ハイボール」の「ハイ」を組み合わせた造語です。終戦直後の昭和20年代から30年代、東京の下町(浅草、葛飾、墨田など)の大衆酒場では、当時まだ独特のクセがあった粗悪な焼酎をいかに飲みやすく提供するかが課題でした。そこで、炭酸水と梅風味のシロップを加えてウイスキーハイボール風に仕立てた「焼酎ハイボール」が誕生し、これが常連客の間で「チューハイ」と略されるようになりました。
一方で「サワー」の発祥は、1958年(昭和33年)頃に東京都目黒区祐天寺で創業した老舗大衆酒場「もつ焼き ばん」とされています。創業者の神山保氏が、焼酎に生のレモン果汁を絞り、炭酸水で割るスタイルを考案した際、英語で「酸味のある」「酸っぱい」を意味する「sour(サワー)」から名付けたのが始まりです。
「酸味のある爽やかな炭酸割り」としてブランディングされたサワーは、昭和後期から平成にかけて全国の居酒屋へと急速に普及していきました。このように、下町の労働者街で生まれた「焼酎ハイボール(チューハイ)」と、山の手エリアのモダンな酒場で生まれた「レモンサワー」という出自の違いが、今日の名称の二重構造を作り出しています。