南アルプス縦走の王道である白峰三山縦走(広河原〜北岳〜間ノ岳〜農鳥岳〜大門沢〜奈良田)において、農鳥小屋は最大の体力消耗ポイントに位置しています。
特に注意すべきは、間ノ岳から農鳥小屋へのコースタイムと標高差です。日本第3位の高峰・間ノ岳(標高3,190m)の山頂から農鳥小屋(標高約2,800m)までは、岩礫が広がるガレ場を約390メートル一気に下り、所要時間は下り約50分〜1時間10分(逆の登りは約1時間30分〜1時間40分)となっています。
一見すると短いコースタイムに見えますが、ここには重大な落とし穴があります。北岳山荘を朝に出発し、間ノ岳を越えてくる登山者は、すでに数時間の高所歩行で足腰に疲労が蓄積しています。浮石が多くスリップしやすい急斜面でペースが著しく落ち、午後になって突然の雷雨や濃霧に巻かれる事例が後を絶ちません。
だからこそ設定されているのが、農鳥小屋の到着時間ルール(16時必着)です。午後の南アルプス稜線では、積乱雲の発達に伴う激しい落雷が多発します。逃げ場のない稜線鞍部で雷雲に捉えられれば、即座に命の危機に直結します。16時というタイムリミットは、山小屋側の都合ではなく、「登山者が生存するための防衛ライン」なのです。