レゴ木製玩具からの変遷詳細まとめを確認すると、その道のりは順風満帆とは程遠く、幾重もの災難と技術革新の連続でした。1942年、ドイツ占領下のデンマークで工場が漏電による火災で全焼。オーレは絶望の淵に立たされながらも、手記に「神が私に新たな道を示している」と記し、工場を再建します。
転機が訪れたのは1947年のことです。オーレはイギリスからプラスチック射出成形機をデンマークで初めて導入。1949年には、現在のレゴブロックの原型となる「オートマチック・バインディング・ブロック」を発売しました。しかし、当時のプラスチック玩具は「安っぽくて壊れやすい」と市場の評判は芳しくなく、木製玩具の売上が会社を支える日々が続きました。
決定打となったのは、2代目経営者となった息子のゴッドフレッド・キアク・クリスチャンセンによる構造改革です。ブロック同士を強固に噛み合わせるため、ブロックの内側に円筒(チューブ)を配置する「スタッド・アンド・チューブ構造」を考案。この画期的な結合システムは1958年1月28日に特許出願され、今日のあらゆるレゴブロックと互換性を持つ基礎が完成しました。1960年に木製玩具の倉庫が再び火災で焼失した際、同社は木製玩具の製造を完全に取りやめ、プラスチック製ブロック一本に事業を絞り込む覚悟を決めたのです。