新世代のオンライン辞書プラットフォーム「Goong.com」などの解説によると、rainbow-chaserの日本語訳は「空想家」「夢想家」、そして直訳としての「虹を追い求める人」と定義されています。しかし、言葉が現場の生きたコミュニケーションで放つ熱量は、文字通りの意味だけでは測れません。英語圏のイディオムである「chase rainbows(虹を追う)」は、古くから「到底叶わない絵空事を追い求めて無駄な時間を費やす」というネガティブな慣用表現として定着してきました。
物理法則として、虹は大気中の水滴に太陽光が反射・屈折して生じる光学現象です。観測者が虹に向かって歩みを進めても、虹の見える位置は常に観測者との相対的な角度によって移動し続けるため、人間が虹の根元に辿り着いたり、手で直接触れたりすることは科学的に不可能です。この絶対的な自然現象のルールが転じて、英語圏の生活文化においては「どれだけ追いかけても絶対に追いつけない目標に執着する愚行」の象徴として扱われるようになりました。
英米文学や海外ニュースの言説を分析すると、この表現が向けられる相手は、単に高い志を掲げるチャレンジャーではありません。実現のための具体的なプランや地道な積み上げを欠いたまま、「いつか一攫千金できる」「どこかに完璧な理想郷があるはずだ」と盲信し、周囲の助言に耳を貸さない人物に対して、半ば憐憫や皮肉を込めて「あの人は単なるレインボーチェイサーだ」と評するケースが大半を占めます。この意味の真相こそが、純粋な「夢追い人(ドリーマー)」という言葉との間に横たわる決定的な溝となっています。