小室哲哉が日本の音楽ビジネスにおいて築いた金字塔は、単なるヒット曲の多さにとどまりません。作詞・作曲・編曲・プロデュースを一手に担い、原盤権や出版権のロイヤリティを徹底して自身に集約させるプロデュースシステムを日本に定着させた点にあります。
国税庁が当時公表していた「高額納税者番付(長者番付)」において、小室哲哉は1996年に所得約23億円(納税額約11億7000万円)、翌1997年にも所得約22億円を記録し、2年連続で全国アーティスト部門のトップに君臨しました。当時のインタビューや関係者の証言によれば、ブームのピーク時には「月収が23億円に達した月もあった」と語られています。
CDバブルの波に乗り、globe、安室奈美恵、華原朋美、TRFなどのミリオンセラーを連発していた時期の全盛期の総資産額は100億円以上であったと推計されています。自家用ジェット機での移動、バリ島やロサンゼルスの超豪華レコーディングスタジオ兼大豪邸の所有、数十台におよぶ高級外車の即金購入など、その金銭感覚は当時のメディアでも連日大きく報じられました。
しかし、この空前絶後のキャッシュフローこそが、後の金銭管理の甘さと事業判断の過ちを招く遠因となっていったことは否めません。