千代の富士を語る上で欠かせないのが「ウルフ」という鋭い愛称です。この呼び名は、入門間もない頃に引き締まった精悍な顔立ち、鋭い眼光、そして敏捷な動きを見た当時の師匠・九重親方(元横綱・北の富士)や部屋の関係者によって名付けられました。狼のように獲物を狙い、一瞬の隙を突いて仕留める立ち合いの気迫は、若手時代から周囲を圧倒していました。
しかし、その精悍なウルフを力士生命の危機に追い込んだのが、持病となった左肩の習慣性脱臼です。千代の富士は幕内下位から三役に上がる過程で、左肩を何度も亜脱臼・完全脱臼しました。腕を少しひねられただけで関節が外れて激痛が走り、休場を余儀なくされる日々が続きます。「相撲取りとして致命傷」「大成は無理だ」と陰口を叩かれ、土俵人生の断崖絶壁に立たされました。
その危機を救ったのが、医学的な常識を覆す過酷な肉体改造でした。脱臼した関節を手術で修復する道もありましたが、長期離脱による番付降下を恐れた千代の富士は、自著『不撓不屈』などでこう述懐しています。
「関節が外れるなら、関節の周りを筋肉の鎧で固めてしまえばいい」
ここから始まったのが、伝説の千代の富士 筋肉トレーニングです。稽古場での猛烈な四股やすり足に加え、当時の力士としては前代未聞だった本格的な筋力補強に着手。特に重視したのが自重を使った腕立て伏せでした。朝の稽古後、昼、夜と、1日最低500回から800回に及ぶ腕立て伏せを日課とし、三角筋、大胸筋、広背筋を極限まで肥大化させました。
この結果、肩関節の周囲を強靭な筋繊維が天然のサポーターのように覆い尽くし、激しい衝撃を受けても脱臼しない強靭な肉体が完成しました。怪我の恐怖に怯えていた力士が、弱点を最大の武器へと変貌させた瞬間でした。