市川蒼のキャリアを語る上で欠かせないのが、作品ごとにまったく異なる表情を見せる圧倒的なキャラクターメイキングです。ここでは、彼の評価を不動のものとした代表作とキャラクターを深掘りします。
市川の出世作として金字塔を打ち立てたのが、京都アニメーションが手掛けた『ツルネ -風舞高校弓道部-』の主人公・鳴宮湊です。早気(はやけ)という弓道特有のイップスに苦しみ、挫折と再生を繰り返す湊の心理描写において、市川は決して過剰に叫んだり嘆いたりすることなく、かすかな息の乱れや沈黙の“間”を巧みに使い分けました。当時の制作インタビューでも「湊の痛みを自分のものとして引き受ける現場だった」と語られており、アニメーションの美麗な作画と完全にシンクロしたリアリズム芝居は、声優界に大きな衝撃を与えました。
その一方で、対極の泥臭さを見せつけたのが『ブルーロック』の五十嵐栗夢(イガグリ)です。エゴイストたちがしのぎを削る過酷な環境下で、実力差に怯えながらも「寺を継ぎたくない」という生々しい執念と反則すれすれの狡猾さで生き残ろうとするイガグリ。市川は持ち前の透明感を完全に封印し、ダミ声交じりのハイトーンと小気味よいギャグテンポで、視聴者に強烈な爪痕を残しました。
さらに、ダークファンタジーの傑作『地獄楽』の山田浅右衛門付知では、その知的なサイコパス性と少年の純朴さが同居する異様な役どころを見事に体現。解剖学に異常な情熱を注ぎ、凄惨な死線をくぐり抜けながらも淡々と合理的な分析を続ける付知のトーンは、冷酷さと愛嬌という相反する要素を絶妙なバランスで成立させ、原作読者からも「理想以上の再現度」と絶賛を浴びました。
ゲーム分野では、大ヒット作『ディズニー ツイステッドワンダーランド』のラギー・ブッチ役でも絶大な支持を集めています。ハイエナの獣人としてスラム街で育ったハングリー精神と、要領の良さの裏に隠されたシビアな生存本能を、軽やかで人懐っこいハスキーボイスで好演。一人の声優が演じているとは信じがたいほどの振り幅こそ、市川蒼という役者の真骨頂です。