日曜昼の顔としてギネス世界記録にも認定された『新婚さんいらっしゃい!』を51年半にわたり牽引した桂文枝が、後任の藤井隆へバトンを託して番組を勇退したのは2022年3月のことでした。長年のお茶の間のルーティンだった「イス転げ」が見られなくなったことで、一般視聴者の間では「表舞台から身を引いたのではないか」という印象が先行しがちです。
だが、吉本興業の公演スケジュールや劇場の動向を確認すると、事実はまったく逆であることが分かります。レギュラー番組の拘束から解放された文枝が選択したのは、悠々自適な隠居生活ではなく、年間数十本に及ぶ落語独演会と全国ツアーへの完全シフトでした。
「テレビタレント・桂三枝」として一世を風靡した時代を経て、2012年に上方落語の大名跡である「六代 桂文枝」を襲名して以降、本人が一貫して抱き続けていたのは「自分は最後の瞬間まで落語家でありたい」という強烈な矜持です。全国各地の市民会館やなんばグランド花月、天満天神繁昌亭の舞台に立ち、自ら全国へ足を運ぶ現在の活動スタイルは、彼にとって長年待ち望んだ「落語と真正面から対峙する時間」に他なりません。