加藤氏の精神的軌跡を辿る上で、避けて通れないのが作詞家・安井かずみ氏との存在です。1977年に再婚した二人は、公私にわたる完璧なパートナーとして知られ、六本木の瀟洒なマンションでのライフスタイルや洗練された社交は当時のカルチャー界の憧れの的でした。ヨーロッパ三部作をはじめとする数々の名曲は、安井氏の研ぎ澄まされた歌詞と加藤氏の旋律の融合によって誕生したものです。
しかし1994年、安井氏が肺がんにより55歳の若さで他界。この喪失が、加藤氏の人生における最大の転換点となりました。自著や当時の追悼特番インタビューにおいて「半身をもぎ取られたような感覚」と語っていたように、自らの美学を共有し、無条件に全肯定してくれる絶対的な理解者を失った衝撃は計り知れませんでした。
その後に再婚・離婚を経験する中で、加藤氏の心身は徐々に蝕まれていきました。晩年には加藤和彦うつ病を患い、通院治療や服薬を続けていた事実が関係者の証言によって明らかになっています。親交の深かった作詞家の松山猛氏やTHE ALFEEの坂崎幸之助氏らは、晩年の加藤氏がふとした瞬間に見せた表情の暗さや、「もう新しい音が出てこないんだ」と漏らしていた弱音を記憶しています。几帳面で美意識の高い完璧主義者ほど、うつ病の病勢によって思考の視野狭窄に陥りやすいという精神医学的リスクが、最悪の形で結実してしまったといえます。