「渡辺」「渡邊」「渡邉」という3つの表記において、根幹となる違いは後半の「なべ」の漢字分類にあります。国語学および文字学の観点から整理すると、その関係性は極めて明快です。
まず「渡辺」の「辺」は、1946年(昭和21年)の当用漢字表告示およびその後の常用漢字表によって定められた新字体です。戦後の漢字簡略化政策に伴い、複雑な画数を持つ文字を誰でも書きやすくするために作られた公式の簡略表記にあたります。
これに対し、「渡邊」の「邊」は、新字体が制定される以前から正式な文字として用いられてきた旧字体(正字)です。中国古代の字書『説文解字』や清代の『康熙字典』にも収められている、由緒正しき本来の字形を指します。
そして混乱を招きやすい「渡邉」の「邉」は、正字である「邊」の異体字(俗字)に位置づけられます。文字の骨格自体は同一でありながら、長い歴史の中で筆記具(筆やペン)を用いて素早く書く際の手癖や省略によって派生した文字です。本来であれば正式な活字ではなかったものの、明治時代の戸籍制度導入期に手書きで登録された文字がそのまま公証され、現在まで姓として受け継がれてきました。
つまり、関係性を図式化すると「邊(正字・旧字体)」から生まれた手書きの崩し字が「邉(異体字・俗字)」であり、戦後に整理された標準形が「辺(新字体)」という構図になります。