「かかあ天下」という言葉のルーツは、古くから上州名物からっ風にかかあ天下と謳われた現在の群馬県にあります。群馬の郷土かるたとして名高い「上毛かるた」でも「雷と空っ風 義理人情」と並び、上州を象徴する県民性として語り継がれてきました。
この言葉のかかあ天下 由来 群馬の歴史を紐解く最大の鍵は、江戸時代から明治・大正期にかけて上州で一大産業へと発展した「養蚕・製糸・織物業」にあります。
かつての上州では、男性たちが農作業や山仕事に従事する傍ら、女性たちは蚕(かいこ)を育て、生糸を紡ぎ、機を織る高度な技術を一手に担っていました。明治期に世界遺産となった富岡製糸場が開業したことからもわかるように、上州の絹産業は日本近代化の原動力であり、極めて高い収益を誇っていたのです。
当時の家庭において、現金収入を稼ぎ出していたのは紛れもなく女性たちでした。夫たちは、朝から晩まで休むことなく働き、一家の暮らしと地域経済を支える妻に対し、「俺のかかあは天下一の働き者だ」と周囲に誇らしく語りました。これがかかあ天下 語源 養蚕の真実です。
つまり、かかあ天下 本来の意味は「妻が夫を威圧して支配する」ことではなく、「稼ぎ手として頼もしく、働き者である妻への最大級の敬意と自慢」だったのです。