1981年、宝塚音楽学校の67期生として首席クラスの成績ではなく38人中25番目の席次で宝塚歌劇団に入団した黒木瞳(当時の芸名)。同期生には、後に花組トップスターとなる真矢みき(現・真矢ミキ)や、月組トップスターとなる涼風真世、そして圧倒的な美貌で将来を嘱望された北原遥子など、後のエンタメ界を牽引する錚々たる逸材が揃っていました。
その中で、彼女の運命は入団直後から急転します。初舞台『宝塚春の踊り/ファースト・ラブ』を踏んだ翌年の1982年、月組のトップ娘役に大抜擢されたのです。通常、トップ娘役に上り詰めるには5年から8年ほどの舞台経験を積むのが当時の劇団における不文律であり、入団2年目(研2)での就任は宝塚歌劇団史上最速の記録として劇団史に刻まれました。
福岡県八女郡黒木町出身の彼女に「黒木瞳」という芸名を授けたのは、同郷の直木賞作家・五木寛之氏でした。圧倒的な透明感と可憐な佇まい、そして何より舞台上で放つ独特の華は、当時すでに圧倒的なカリスマ性を誇っていた月組トップスター・大地真央の目に留まることとなります。