受験生向けの学習掲示板やネット上の解説記事において、しばしば混乱を招いているのが「実験式と組成式の定義の混同」です。「実験式と組成式は完全に別物なのか、それとも同じものなのか」という論争が頻繁に見受けられます。
実験式と組成式の違いに関する本質的な真相は、「数学的に示している内容は同一(最も簡単な整数比)であるが、使われる文脈と導出プロセスが異なる」という点にあります。
有機化学において、未知の有機化合物を燃焼管で燃やし、発生した二酸化炭素と水の質量から炭素・水素・酸素の質量比を割り出す操作を「元素分析」と呼びます。この分析から直接計算される比率が実験式です。例えば、グルコースを分析すると炭素・水素・酸素の比率が「1:2:1」と算出されるため、実験式は「CH₂O」となります。その後、分子量測定(沸点上昇度や凝固点降下など)を行って真の分子量が180であると判明した段階で、実験式を6倍して分子式「C₆H₁₂O₆」を導き出します。このように、分子式を確定するための途中段階として使われる場合に「実験式」という言葉が用いられます。
一方で、塩化ナトリウムや酸化銅のように、そもそも分子が存在しない無機化合物の結晶において、「この物質の成り立ちを示す正式な化学式」として提示されるものが組成式です。科学的な本質としてはどちらも「最簡整数比式」ですが、有機の測定文脈で語られるか、無機の物質表記として語られるかという文脈の違いに過ぎません。
また、金属結晶の組成式表記に関しても誤解が蔓延しています。「鉄の化学式はFeだから、鉄は1個の原子でできた分子(単原子分子)ではないのか」という疑問です。ヘリウム(He)やアルゴン(Ar)のような希ガスは、原子1個で安定して空間を飛び回るため「単原子分子の分子式」です。しかし、鉄(Fe)のクギは無数の鉄原子が自由電子を介して金属結合で強固につながった巨大結晶です。独立した1個のFe原子が存在しているわけではなく、比率を表現した結果として「Fe」と書かれているに過ぎません。同じ一文字の表記であっても、Heは分子式、Feは組成式という決定的な物理的隔たりが存在します。