わが国における薬害・医療公害の歴史の中で、B型肝炎の集団感染は国の過失が問われた最も象徴的な事例の一つである。1948年から1988年までの間、小中学校等で行われた集団予防接種等において注射器の連続使用が放置された結果、膨大な数の幼小児がB型肝炎ウイルスに持続感染(キャリア化)することとなった。
被害者らが国を相手取って起こした損害賠償請求訴訟は長年にわたり激しく争われたが、2006年に最高裁判所が国の損害賠償責任を認める画期的な基本判決を下した。この原告団の粘り強い裁判闘争が動機となり、司法判断に基づく全被害者への均一な救済への道が切り拓かれたのである。一々の訴訟から始まったB型肝炎訴訟は、国家の衛生行政の責任を問う歴史的転換点となった。