日本におけるロシア式暖炉の歴史は、北原白秋作詞の童謡『ペチカ』の情緒的なイメージだけに留まりません。大正末期から昭和初期にかけて、寒冷地特有の深刻な住宅環境を克服するため、ロシアや旧満州の暖炉構造を研究した技術者たちによって北海道へと本格導入されました。
当時の北海道住宅において、薄い板壁と隙間風に悩まされていた開拓民や炭鉱住宅にとって、一度火を焚けば部屋の中心から間仕切り壁を貫通して家全体を温め続けるペチカは、まさに命を守る熱源でした。その後、昭和30〜40年代にかけて灯油ストーブや集中暖房(セントラルヒーティング)が普及したことで一時的に姿を消しかけましたが、2026年代半ばから再び「最強のエコ蓄熱暖房」として脚光を浴びています。
現在選ばれているペチカは、伝統的な意匠を残しつつもガラス扉を備え、現代の高気密・高断熱住宅(断熱等級6や7など)に完璧にマッチするよう再設計されたものです。高断熱住宅に金属製薪ストーブを設置すると「部屋が暑くなりすぎて窓を開けなければならない」というオーバーヒート問題が頻発しますが、ペチカの放出熱は非常に穏やかであるため、超高断熱空間を常に20〜22℃の快適な春の陽気のような室温に維持できると建築関係者からも高く評価されています。