「みぞおちの下が痛い症状は一体なぜ起こるのか?」――この素朴な疑問に対して、消化器の解剖生理学は明快な答えを持っています。みぞおち周辺は、胎児期に「前腸」と呼ばれる同一の未分化器官から発生した胃、十二指腸、肝臓、胆のう、膵臓の神経ネットワークが交差するエリアです。そのため、どの臓器でトラブルが発生しても、初期段階では脳が痛みの発生源を正確に特定できず、一括して「みぞおち周辺の痛み(関連痛・内臓痛)」として認識してしまいます。
日本消化器病学会のガイドラインや救急搬送データによると、心窩部痛(みぞおちの痛み)を主訴として来院した患者のうち、胃粘膜の一時的な炎症にとどまるケースは半数程度であり、残りの約50%には胆道系疾患、膵疾患、重度潰瘍、あるいは血管系の重篤な異常が隠れています。放置が極めて危険視されるのは、胃壁や十二指腸壁に穴が開く穿孔(せんこう)や、膵液が自らの組織を溶かしてしまう重症急性膵炎、細菌が血流に乗る急性閉塞性化膿性胆管炎など、時間単位でショック状態へ移行する致死的疾患が「ありふれた胃痛」の顔をして忍び寄るためです。
市販の鎮痛剤(NSAIDsなど)を安易に服用すると、一時的に痛みがマスキングされるだけでなく、胃粘膜障害を急激に悪化させて潰瘍出血を誘発するリスクすらあります。「いつもと痛みの性質が違う」「痛みが数時間以上持続する」と感じた瞬間から、すでに病態が進行している可能性を念頭に置かなければなりません。