成蹊大学を卒業した1977年、彼は単身アメリカへ渡った。カリフォルニア州ヘイワードでの語学研修を経て、名門・南カリフォルニア大学(USC)へ進学する。異国の地での生活は、日本の政界サラブレッドとしての重圧から解放されると同時に、過酷な語学の壁と向き合う日々でもあった。
USCでは国際関係論などを学んだとされるが、当時の滞在生活は決して順風満帆なものではなかった。ホームステイ先での孤独や英語力への苦悩など、若者らしい葛藤と試行錯誤の連続。しかし、世界中から集まる留学生たちとの交流や、アメリカ社会の持つダイナミズムを肌で感じた体験は、後の「地球儀を俯瞰する外交」を展開する国際感覚の血肉となった。