2014年ソチ五輪で銀メダルを獲得した直後、23歳という若さでリンクを去った決断の背景には何があったのか。当時の会見や後の手記で語られたのは、単なるモチベーションの低下ではなく、過酷を極めた身体的限界でした。
足首の靭帯損傷や慢性的な腰痛、さらには足底筋膜炎と闘い続け、「痛み止めなしでは靴を履くことすらできない日々があった」と明かしています。何より、5000万人の国民の期待を一身に背負い、一瞬のミスも許されない国家プロジェクトの象徴として氷上に立ち続けた精神的重圧は想像を絶するものでした。「もうこれ以上、自分自身を極限まで追い詰めることはできない」という境地に達したことが、引退の揺るぎない真相でした。
そして、彼女を語る上で欠かせないのが、同い年の盟友であり永遠のライバルと称された浅田真央の存在です。現役時代はマスメディアによる過熱報道で対立構図が煽られましたが、引退後の二人は互いに深い敬意を表明しています。
浅田真央は自身の名を冠した通年型リンク「MAO RINK」をオープンさせ、アイスショーのプロデュースを通じてスケートの裾野を広げる道を切り拓きました。一方のキム・ヨナは、公的な五輪レガシーの継承や後進の育成、国際舞台でのアンバサダー業務に重きを置いています。アプローチは異なれど、フィギュアスケート界の発展を願う二人のレジェンドがそれぞれのフィールドで成熟した輝きを放っている姿は、往年のファンに深い感慨を与えています。