インターネットの検索候補に時折浮上する「四万温泉たむら 心霊」という不穏なワード。現地調査および歴史的資料を照合したところ、同館において過去に曰く付きの事故や事件が起きた記録は一切存在しません。ではなぜ、このような噂が一人歩きするのでしょうか。
最大の要因は、山あいの傾斜地に増改築を重ねて形成された「立体的な迷路構造」と創業500年を超える圧倒的な重厚感にあります。館内は「木湧館」「金湧館」「水湧館」などの各棟が渡り廊下や階段で複雑に結ばれており、夜間になると木造建築特有のきしみや、窓外を流れる新月川のせせらぎ、風に揺れる木々の影が独特の陰影を作り出します。
この古き良き日本建築の陰翳礼讃(いんえいらいさん)が、現代的なフラットなシティホテルに慣れた一部の宿泊客にとって「少し薄暗くて不思議な雰囲気」と映り、結果としてネット上で尾ひれがついたと分析できます。実際には、手入れの行き届いた磨き漆喰の廊下や歴史を感じさせる梁(はり)組こそが同館の真骨頂であり、幽玄な日本の伝統美を五感で味わう空間設計となっています。