皇后雅子さまが皇室に入られた当時、宮内庁の中に色濃く残っていた旧来の宮中風習は、ハーバード大学や外務省でキャリアを積まれた新時代の感性と容易には噛み合わなかった。完璧な伝統の継承を求める周囲の視線は、結果として大きなプレッシャーとなり、雅子さまのお心を追い詰めていく。
一方で、自らも厳しい宮中のしきたりに苦しんだ経験を持つ上皇后美智子さまは、優しさゆえのアドバイスや配慮を重ねられた。だが、その配慮すらも「伝統の強制」と受け取られてしまう悲劇的なすれ違いが生じた。皇室ジャーナリズムの現場では、この時期のコミュニケーションの齟齬が「確執」という説として一人歩きを始めたと分析されている。