にしきのあきらの芸能生活を振り返る上で欠かせないのが、栄光と挫折、そして奇跡的な復活のドラマです。大分県立大分舞鶴高校時代は体操選手として活躍し、抜群の運動神経と端正なルックスを武器に芸能界へ進出しました。
1970年にシングル『もう恋なのか』で鮮烈なデビューを飾り、同年の第12回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。翌1971年には代表曲『空に太陽がある限り』がオリコン週間チャート上位を独走するメガヒットを記録し、NHK紅白歌合戦に通算6回出場するなど、トップアイドルとしての地位を不動のものにしました。
しかし、1970年代後半から1980年代にかけて大きな試練が訪れます。信頼していた元マネージャーや関係者による裏切りや詐欺被害に遭い、数億円規模の莫大な借金を背負うことになりました。当時のインタビューや手記で「一時は人間不信に陥り、先が見えない絶望を味わった」と述懐している通り、過酷を極めた時期でした。
その窮地を救ったのが、1990年代のバラエティ番組への進出です。『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』や『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』での体当たりロケ、さらに『めちゃ×2イケてるッ!』などで披露された、どれほど過酷な状況でも「スター」であり続ける誇り高いキャラクターがお茶の間の爆笑を誘いました。プライドを捨てて過酷な現場に飛び込み、持ち前の運動神経と明るさで借金を完済した姿は、昭和のアイドルがバラエティで完全復活を遂げた先駆的モデルケースとして芸能史に刻まれています。