日本発祥の洋食一覧を語るうえで、絶対に外せない聖地が横浜の「ホテルニューグランド」と銀座の「煉瓦亭」です。現存する両店の社史や歴代シェフの手記には、時代に翻弄されながらも新しい美味を生み出そうとした料理人の息遣いが記録されています。
横浜のホテルニューグランドで生まれた「ナポリタン」と「ドリア」
1927年開業の横浜・ホテルニューグランドは、戦後、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーをはじめとするGHQに接収されました。当時、米軍兵士たちは茹でたスパゲッティに塩胡椒と軍用ケチャップを無造作に和えて空腹を満たしていました。これを目撃した2代目総料理長・入江茂忠氏は、「一流ホテルの料理として、あまりに粗野な食事をそのまま出すわけにはいかない」と強いプライドを刺激されます。そこで生のトマト、タマネギ、ニンニク、マッシュルームを炒め、トマトペーストでじっくり煮込んだ気品あるソースをパスタに絡めたのが、本格的なナポリタン発祥の店としての始まりでした。
一方、同ホテルの初代総料理長を務めたスイス人シェフ、サリー・ワイル氏が生み出したのがドリアです。1930年頃、滞在中の欧米人銀行家が体調を崩し「喉越しの良い、消化に優しい料理を作ってほしい」と懇願。ワイル氏は即座にバターライスを炊き、小エビのクリーム煮を乗せ、ベシャメルソース(ホワイトソース)とチーズを振ってオーブンで香ばしく焼き上げました。米と乳製品をグラタン仕立てにする手法はヨーロッパにも類を見ず、ワイル氏の柔軟なホスピタリティが起こした奇跡でした。
銀座「煉瓦亭」と大阪「北極星」が競い合ったオムライスのルーツ
洋食の王様・オムライスのルーツには東と西の2大巨頭が存在します。東の元祖とされるのが1895年創業の銀座・煉瓦亭です。1900年(明治33年)頃、繁忙期に厨房スタッフが片手で素早く栄養補給できるよう、溶き卵に刻んだ具材とご飯を混ぜ合わせてフライパンで焼いた「ライスオムレツ」が起源とされています。客の目に留まり「それを食べさせてほしい」と請われたことから定番化しました。
対する西の元祖は、大阪・心斎橋の老舗「北極星」(旧・パンヤの食堂)です。1925年(大正14年)、創業者の北橋茂男氏が、胃腸が弱くいつもオムレツと白ご飯ばかり頼んでいた常連客を見かね、「毎日同じでは気の毒だ」とトマトケチャップで炒めたご飯を薄焼き卵で包んで提供したと伝えられています。「オムレツとライスを合わせたからオムライス」と命名されたこの一皿が、現在の包み型オムライスの全国的なプロトタイプとなりました。