そもそも、なぜ女子テニス選手はショートパンツではなく「スコート」を履き続けているのでしょうか。その理由は、19世紀後半のイギリス貴族社会から続くテニスの歴史的背景に深く根ざしています。
テニスが「ローンテニス」として始まった1870年代、上流階級の女性たちは、足首まで隠れるコルセット付きの重厚なロングドレスでプレーしていました。当時は「女性が肌を見せること」自体が厳禁とされていたためです。しかし、当然ながらこれではまともな運動はできません。
この常識を打ち破ったのが、1919年のウィンブルドンに登場したフランスの伝説的選手、スザンヌ・ランランでした。彼女はノースリーブにふくらはぎ丈のプリーツスカート、つば広の帽子を脱ぎ捨てたスタイルで登場し、世界中に衝撃を与えました。「破廉恥だ」と猛バッシングを受けながらも、動きやすさを手に入れたランランは圧倒的な強さで大会を連覇し、女子テニスウェアの軽量化を一気に推し進めました。
決定打となったのは1949年、アメリカのガートルード・モランがウィンブルドンで着用した、デザイナーのテッド・ティンリングが手掛けたウェアです。膝上まで短くなったスコートの裾から、チラリと見えるレース付きアンダースコートは「ゴージャス・ガッシー」と呼ばれ、世界中のメディアを騒然とさせました。この事件を契機に、スコートは「伝統的なエレガンスを保ちつつ、スポーツとしての動きやすさとファッション性を融合させるアイコン」として定着していったのです。