嵯峨野の竹林に抱かれた野宮神社には、古典文学ファンのみならず多くの旅人を惹きつけてやまない歴史的背景が存在します。その根幹にあるのが、天皇が即位するごとに伊勢神宮の天照大神に仕えるために選ばれた未婚の内親王・女王、すなわち「斎宮(さいぐう/いつきのみや)」の潔斎所としての役割です。
歴代斎宮は伊勢へ下向する前、宮中での初斎院を経て、この嵯峨野の清らかな野宮に入り、足かけ3年にわたって心身を清めました。俗世の執着を一切断ち切り、神仏に全てを捧げる場所であったからこそ、この地には他の神社仏閣とは一線を画す厳粛な結界が張られていたと伝えられています。
そして、この神聖な空間を不滅の文学遺産へと昇華させたのが、紫式部が著した『源氏物語』第十帖「賢木」です。娘である斎宮(後の秋好中宮)の下向に同行することを決意した六条御息所のもとへ、光源氏が秋の野宮を訪ねる場面は、日本古典文学における屈指の名シーンとして知られています。
「別れの聖地」という物悲しいエピソードを持ちながら、なぜ現代において屈指の「縁結びの神社」として崇敬されているのでしょうか。神道史や民俗学の観点から見ると、これは矛盾ではありません。かつて斎宮が身を清めて神と深く結ばれた究極の潔斎の地であるからこそ、不純な悪縁を断ち切り、真に純粋な良縁のみを引き寄せる強大な浄化力が宿ると信じられてきた背景があります。