人間が重力に抗って直立し、バランスを崩さずに歩行できるのは、「前庭覚(内耳)」「深部感覚(足裏・関節・筋肉)」「視覚」の3系統がリアルタイムで脳に姿勢情報を送り続けているためです。日本めまい平衡医学会の知見によると、健常な状態であれば、仮に1つの感覚器からの入力が一時的に途切れても、残る2系統が即座にバックアップ(感覚代償)を行い、体幹の安定を維持します。
しかし、内耳の三半規管に障害があったり、脊髄や末梢神経の障害で足裏の接地感覚が鈍くなっていたりすると、脳は無意識のうちに「視界から得られる情報」へ過度に依存してバランスを取るようになります。この状態で「目をつぶる」と、唯一頼りにしていた視覚の補正が突如失われるため、隠れていた平衡機能の破綻が一気に表面化し、身体が前後左右へ激しく揺れ動くことになります。
神経学的診察において、両足を揃えて直立させ、開眼状態では立てるものの閉眼した途端に身体が倒れそうになる現象を「ロンベルグ徴候(Romberg's sign)」と呼びます。夜間の暗い部屋やトンネルの中、洗髪時など「暗い場所でふらつく理由」もこれと全く同じ機序であり、すでに前庭機能や脊髄後索・末梢神経に何らかの病変が生じている可能性を告げる警戒信号です。