二人の関係が修復不能な亀裂を迎えた当時の現場では、どのような光景が繰り広げられていたのか。当時のワイドショー関係者や出版関係者の証言を辿ると、緊迫した現場の空気が浮き彫りになります。
2000年代後半、細木氏のテレビ番組の収録現場では、それまで堀田氏に対して見せていた柔和な態度が一変し、周囲のスタッフがいる前でも激しい叱責が飛ぶようになっていたといいます。テレビ局のプロデューサーの手記には次のような記録が残されています。
「楽屋から聞こえてくる怒号の激しさは尋常ではありませんでした。『あんたは私が作った服を着て、私が稼いだ金で飯を食ってるんだよ!』という細木先生の声に対し、堀田さんは押し黙ったまま耐えていました。かつてのパートナーシップは完全に崩壊し、絶対君主と従属者という限界状態に達しているのは誰の目にも明らかでした」
ネット上の掲示板や知恵袋などでは当時、「堀田雅也が細木数子を裏切って資金を持ち逃げした」「事務所を乗っ取ろうとして破門された」といったセンセーショナルな噂が飛び交いました。しかし、実際の取材データが示しているのは、より人間的な「共依存の限界」でした。堀田氏自身がこれ以上の隷属に耐えかねて自発的に距離を置き、細木氏側もまた「血の繋がらない側近」を切り捨てて「実の血縁(かおり氏)」へと舵を切る合意なき決別だったのです。