2022年8月、自身のYouTubeチャンネルで父・渡辺謙と並んで料理を作りながら、フランスへの移住をサラリと発表した杏。世間を大いに驚かせたこの決断ですが、突発的な思いつきではなく、綿密な準備と長年の人生設計に基づいた行動でした。関係者への取材や本人が過去に語った発言を精査すると、そこには大きく分けて3つの決定的な理由が存在します。
1つ目の理由は、子どもたちを取り巻く過剰な報道環境からの物理的な隔離です。2020年の離婚劇以降、彼女の私生活には常にメディアの厳しい視線が注がれていました。日本に留まる限り、成長する子どもたちが「有名芸能人の子ども」という好奇の目に晒され、親の私生活に関する報道を学校生活などで直接耳にするリスクを完全に排除することは困難でした。何者でもない一人の子どもとしてフラットに育ってほしいという母親としての防護本能が、海外移住という強固な選択肢を選ばせた最大の原動力です。
2つ目の理由は、10代の頃に挑戦したパリ・コレクション時代からの原体験です。19歳で単身渡仏し、自らブック(作品写真集)を抱えてメゾンのオーディションを駆け回った経験を持つ杏にとって、パリはキャリアの原点であり、厳しさと自由の双方を肌で知る特別な街でした。フランス社会に根付く「人は人、自分は自分」という個人主義や、年齢や肩書に関係なく一人の人間として尊重し合うカルチャーは、世間の同調圧力に疲れやすい彼女の気質にとって最も呼吸のしやすい場所だったのです。
3つ目の理由は、「人生は一度きり、2倍楽しみたい」という前向きな人生哲学です。本人は動画内でも「全く別の言語圏、別の文化でもう一つの人生を生きるような面白さがある」と語っています。日本でのキャリアを完全に捨てるのではなく、年に数ヶ月は日本に戻って撮影をこなし、残りはパリで暮らす「二拠点生活」という新たなライフスタイルの開拓は、多忙な現代を生きるワーキングマザーにとっても極めて刺激的な挑戦となっています。