現在の渡月橋が立つ場所には、平安時代初期の承和3年(836年)、弘法大師空海の弟子である僧・道昌(どうしょう)によって最初の橋架けが行われました。当時は法輪寺への参詣橋として整備されたため、「法輪寺橋」と呼ばれていました。
現在の「渡月橋」という優美な名がついたのは、鎌倉時代のことです。亀山天皇が満月の夜、嵐山の大堰川(桂川)に舟を浮かべて月を眺めた際、雲ひとつない夜空を月が渡っていく情景に深く感銘を受け、「くまなき月の渡るに似る」と詠んだ詩情に由来します。この一言から「月を渡す橋」すなわち渡月橋と呼ばれるようになり、今日に至るまでその雅な名称が受け継がれています。
その後、橋の位置は戦国末期から江戸初期にかけて、豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)による大堰川水運開削事業の一環として、現在の場所へと移設されました。度重なる洪水や流失を乗り越え、昭和9年(1934年)に現在の橋脚構造(鉄筋コンクリート製)へと改修。嵐山の景観を損なわないよう、欄干部分にはヒノキなどの天然木材が贅沢に用いられ、近代土木工学と伝統的風情の見事な調和が実現しました。