インターネット上の掲示板や格闘技コミュニティでは、数見氏に関してしばしば「なぜ全盛期にK-1や総合格闘技(PRIDEなど)へ挑戦しなかったのか」「顔面パンチありの舞台で通用したのか」といった議論が巻き起こります。しかし、ここには武道とプロ興行の本質的な違いに対する重大な誤解が存在します。
当時、極真会館のトップ選手にはプロ興行から莫大なファイトマネーを提示したオファーが殺到していました。しかし数見氏にとって、空手は勝敗を争って富を得る手段ではなく、「自己の身体と精神を極限まで高める道」でした。ルールの制限があるリング上でショーとして戦うことと、人生を賭して武道を追求することは、彼の中で明確に異なる次元の営みだったのです。
また、「極真ルール(顔面手技なし)特化型で実戦では顔面に対応できないのではないか」という俗説も、実態を見誤っています。数見道場では早くから掌底や顔面への攻防、掴みや崩しを含めた稽古が取り入れられており、氏の技術体系は競技ルールを超越した総合武道としての強度を備えています。リングに上がらなかったからこそ、純度の高い武道技術が後世に継承されたという事実を見落としてはなりません。