伊勢山皇大神宮の創建は、明治3年(1870年)に遡ります。鎖国が解かれ、寒村に過ぎなかった横浜村が急速に国際貿易港へと変貌を遂げるなか、外国文化の流入や治安の混乱に直面した当時の神奈川県知事・井関盛艮らが、住民の心の拠り所として伊勢神宮の分霊を勧請することを明治政府に建白したのが発端です。
翌明治4年には社殿が完成し、官民挙げての大祭が執り行われました。神奈川奉行所跡地でもあった紅葉坂の丘陵地は「伊勢山」と改称され、港湾防護と市民安寧を祈る横浜総鎮守 歴史の幕が開きました。国家的な近代化の拠点において、伝統的な神道を以て都市の精神的秩序を打ち立てようとした象徴的な事例といえます。
神社関係者の記録資料によると、「伊勢まで参宮できない東国の庶民のために、伊勢の神気をこの地へ届ける」という強い祈りが込められたことから、自然と「関東のお伊勢さま 由来」が民衆の間に定着しました。大正12年(1923年)の関東大震災や昭和20年(1945年)の横浜大空襲によって社殿が焼失する壊滅的被害に見舞われながらも、市民の篤い奉賛によってその都度復興を遂げてきた不屈の歩みそのものが、この神社の持つ揺るぎない生命力を物語っています。