作品を決定的に特別なものにしているのは、フィクションとノンフィクションの境界をあえて曖昧にする演出手法だ。役所広司をはじめとする実力派俳優たちが演じるドラマパートの合間に、実際の当事者たちの肉声を織り交ぜる。社会派ドキュメンタリーの手触りを残したカメラワークが、ド直球のヒューマンドラマとしての深度を深める。
手持ちカメラの微かな揺れ、環境音に紛れる吐息。計算され尽くしたフィクションの美しさと、コントロール不能な現実の荒々しさ。その二つが衝突することで生まれる軋みが、観客の胸にざらりとした感触を残す。観客はただの傍観者でいることを許されず、物語の目撃者、あるいは当事者としての自覚を否応なく突きつけられることになるのだ。