1976年7月27日朝、東京地検特捜部は田中角栄元内閣総理大臣の逮捕に踏み切りました。戦後の憲政史において、首相経験者が汚職容疑で身柄を拘束されるのは極めて異例の事態でした。
特捜部を指揮した吉永祐介主任検事らは、まず外為法違反容疑で身柄を押さえ、その後の取り調べで受託収賄罪へ切り替える緻密な包囲網を敷きました。事件の全容解明に向けて逮捕・起訴された主要人物の顔ぶれと判決結果は、以下の記録として残されています。
【主な逮捕者と司法判断の記録】
- 田中角栄(元首相):受託収賄罪、外国為替及び外国貿易管理法違反。1983年の東京地裁判決で懲役4年、追徴金5億円の実刑判決。控訴・上告中の1993年に死去したため公訴棄却。
- 榎本敏夫(田中角栄秘書):外為法違反等の罪で有罪確定(懲役1年、執行猶予3年)。
- 檜山広(丸紅元会長):贈賄罪、外為法違反、議院証言法違反等で有罪判決(懲役2年6月)。
- 大久保利春(丸紅元専務):贈賄罪等で有罪判決。
- 若狭得治(全日空元社長):外為法違反、議院証言法違反等で有罪判決(懲役3年、執行猶予4年)。
- 小佐野賢治(国際興業社主):議院証言法違反(偽証罪)で有罪判決(懲役1年)。
- 児玉誉士夫(政財界フィクサー):脱税、外為法違反などで起訴されるも、公判停止中の1984年に病死。
法廷で決定打となったのは、丸紅側から田中側への資金移動を証明する「領収書(受託メモ)」の存在と、秘書・榎本敏夫の元妻である榎本三恵子による証言でした。彼女が法廷で見せた「蜂は一度刺したら死ぬといいますが、私もその覚悟で申し上げました」という証言(いわゆる「蜂の一刺し」)は、元首相側の全面否認の主張に致命的な打撃を与え、司法の判断を大きく決定づけました。