幼少期の中村七之助は、父や兄と同様に立役(男役)としても舞台に立ち、凛々しい若武者や少年役で高い評価を得ていました。昭和から平成へと移り変わる名門・中村屋の歴史の中で、早くからその秀でた容貌は注目を集めていましたが、本格的に女形へと専心していく過程には、芸道としての冷静な自己分析と父・十八代目勘三郎の鋭い眼力がありました。
かつて七之助自身が舞台裏のインタビューやドキュメンタリー番組で述懐している通り、10代半ばから後半にかけて、自身の骨格や声のトーン、しなやかな身体の可動域が、立役以上に女形の造形に適していることを自覚していった経緯があります。父・勘三郎からも「お前は女形をやれ」と背中を押され、立役として豪快な力強さと圧倒的な推進力を持つ兄・勘九郎に対し、自身が端麗で情念豊かな女形を極めることこそが、中村屋を盤石な両輪として前進させる最善の道であると確信したといいます。
歌舞伎の家系において、兄弟で立役と女形に分かれることは、一座を組む上で極めて強力な武器となります。兄・勘九郎が放つ荒々しくも情に厚いエネルギーに対し、弟・七之助が冷徹なまでの透明感と気品で応じる――。この阿吽の呼吸は、単なる芸の分業ではなく、父亡き後の中村屋を守り立てるという強烈な当事者意識から生まれた必然の進化でした。