野生のヒグマが日本国内でどこに棲息しているのかという問いに対し、生物学的な解答は極めて明快です。公式発表資料や環境省の生息分布調査が示す通り、北海道のヒグマ生息地は道内全域の森林部およびその周辺部に広がっており、野生個体が定着しているのは北海道本島と一部の属島(利尻島への一時的な泳ぎ渡り記録などを除く)に限られます。
本州以南に生息するのはツキノワグマであり、この2種は厳格に地理的隔離を保っています。両者を隔てている境界線こそが、津軽海峡に位置する動物地理学上の境界線「ブラキストン線」です。幕末から明治期に滞在した英国の博物学者トーマス・ブラキストンが提唱したこのラインは、津軽海峡の水深(最深部約140メートル)が氷期においても陸橋として完全に干上がりきらなかったことに起因します。
マンモス動物群とともにシベリア経由で北海道へ渡ってきたヒグマは、津軽海峡を越えることができませんでした。一方、本州には南方系のツキノワグマが定着し、現在に至るまでブラキストン線とヒグマ分布の境界は強固に維持されています。環境省の統計によると、北海道の約55%の地域にヒグマが、本州の約45%の地域にツキノワグマが生息しており、両種の野生個体が同一エリアで競合・共存している地域は日本国内に一切存在しません。