視界を完全に奪われたコムギにとって、盤上の駒の配置と相手の手応えこそが世界のすべてだった。メルエムが全身から放つ凄まじい殺気や覇気すら、彼女には「打たれ強さ」や「盤上の覚悟」としてしか伝わらない。この認識のずれが、図らずも王の特権的な威圧感を無効化し、彼を一人の「愛おしき対戦相手」へと引きずり下ろした。
互いの命を賭けた「孤孤狸固(ここりこ)」などの手を巡る激しい攻防は、どんな饒舌な言葉による対話よりも深く魂を交錯させた。効率や生き残りのための捕食だけに特化していたメルエムの脳裏に、「名もない兵士の死」や「弱者が秘める固有の輝き」への疑問が芽生える。暗闇の中で打たれる駒の音だけが響く空間で、二人は種族の壁を超えた精神の合一へと向かっていったのだ。