八田の生家やゆかりの地で今も涙とともに語られるのは、妻である八田外代樹の最期だ。夫の戦死という凄絶な悲報を受け入れながらも、彼女は残された子供たちを守り、台湾の地で必死に生き抜こうとした。しかし、1945年8月15日の敗戦により、日本人キャストや住民を取り巻く環境は激変する。
台湾からの引き揚げ命令が迫る中、1945年9月1日、外代樹は夫が心血を注いだ烏山頭水庫の放水口へと身を投じた。「夫の作った水になりたい」——そう言い残したかのような突然の別れだった。夫婦の命が溶け込んだそのダム湖畔には、今も作業服姿で思索に耽る八田の銅像と、二人を祀る墓碑が静かに佇んでいる。