息苦しい隷属関係のなかでも、歌手・島倉千代子の魂は死に絶えていなかった。所属レコード会社である日本コロムビアの制作陣は、重厚で悲哀に満ちた従来の演歌路線から脱却し、彼女の人生そのものを肯定するポップ調の楽曲制作を企画する。
1987年にリリースされた『人生いろいろ』は、まさに奇跡の復活劇の狼煙となった。軽やかなステップと晴れやかな歌声、そして「死んでしまおうなんて 悩んだりしたわ」という生々しい独白を昇華させた歌詞は、日本中の人々の心を捉えてミリオンセラーを記録する。
この大ヒットによって、島倉は莫大な印税と新たな興行収入を獲得し、経済的自立への足がかりを掴んだ。自らの歌の力で巨額の負債に終止符を打つ見通しが立った瞬間、細木による「保護」という名の支配は、その正当性を失うことになったのである。