弟である渡瀬恒彦とともに、兄弟揃って日本のトップ俳優として君臨した渡家。周囲が息子の芸能界入りを自然な流れと捉えるなか、渡哲也自身は息子を芸能界から遠ざける方針を一貫して保っていた。
映画やテレビの世界がどれほど過酷で、浮き沈みの激しい場所であるかを誰よりも熟知していたからこその親心だった。人気商売の不条理さやプライバシーを奪われる痛みを息子に味わわせたくないという思いは人一倍強かった。渡哲也は家庭内で仕事の愚痴を一切漏らさず、ひとりの父親として息子に向き合い、一般社会で通用する健全な価値観と礼儀作法を徹底して叩き込んだ。