本作を語る上で欠かせないのが、五代目・惣次と幸の間に横たわる特異な人間関係です。一般的な恋愛関係や封建時代の夫婦像とは異なり、二人は「商いの才能」という一点において深く共鳴し合い、同時に反発し合う宿命を背負っていました。
五鈴屋の歴代店主の中で、惣次ほど幸の商才をいち早く見抜き、それを評価した人物はいません。元支配人の治兵衛(舘ひろしがドラマで好演)が「女衆で終わったらあかん。商いの才を生かさないかん」と見抜いた幸の資質を、惣次は現場の最前線で実利へと転換させました。幸にとって惣次は、閉ざされていた商人の世界への扉を開いてくれた恩人であり、誰よりも商いの厳しさを教えてくれた師でもありました。
しかし、二人の関係は「対等な共同経営者」にはなり得ませんでした。江戸中期の家父長制が色濃く残る大坂船場において、妻が夫以上の慧眼を見せることは、惣次の肥大化したプライドを内側から蝕んでいきます。読書メーターや文学フォーラムの考察でも指摘されている通り、惣次は幸の才能を愛しながらも、その才能が自分を脅かすことに耐えられなかったのです。この愛憎入り混じる共依存の構造こそが、五鈴屋を二分する内部対立の火種となっていきました。