君島かれんのキャリアを語る上で欠かせないのが、10代後半から20代初頭にかけての「ギャルカルチャー」への傾倒です。当時は雑誌モデルやイベントコンパニオンとしての活動も経験しており、当時の写真や記録からは、流行の最先端を貪欲に吸収していたアグレッシブな姿勢が見て取れます。
転機となったのは、クラブゴーゴーダンサーとしての本格始動でした。新木場ageHaをはじめ、渋谷や六本木の主要クラブのメインフロアに立ち、音に完璧にシンクロするしなやかな身のこなしでオーディエンスを圧倒。単なる「衣装を着て踊る女性」というステレオタイプを覆し、肉体そのものをアートに昇華させたパフォーマンスは、ヒップホップやレゲエ、EDMといったジャンルの垣根を越えて業界関係者の度肝を抜きました。
昔の彼女を知る関係者は「とにかく練習熱心で、音の取り方ひとつにも妥協がなかった」と振り返ります。一過性のブームで消えていくパフォーマーが多い中、10年以上にわたって第一線を走り続けられた背景には、天性のセンスだけでなく地道な基礎鍛錬の積み重ねが存在しています。