音楽ファンの間で長年語り継がれている「山下達郎が中森明菜に対して激怒した」という逸話。ネット上ではセンセーショナルに拡大解釈されがちですが、本質はシンガー個人への怒りではなく、制作チームのアレンジ方針と解釈の違いに対する職人気質の憤慨でした。
山下達郎は後にラジオ番組やインタビューの場で、「彼女(中森明菜)の歌唱力や個性を否定したわけでは毛頭ない。ただ、せっかくのマイナーコードの美しいメロディと物語が、あのような投げやりにも聴こえかねないミックスと演出で処理されてしまったことが、作家の夫として、一人の音楽家として我慢ならなかった」という趣旨の証言を残しています。
実際に2つのテイクを聴き比べると、その世界観の違いは明白です。中森明菜版が「孤独と諦念に沈む少女の冷めた吐息」を描いているのに対し、山下達郎が手掛けた竹内まりや版は「胸の奥底で燃え続ける未練と哀愁を、壮大なストリングスと重厚なリズムで包み込んだシネマティックな大人のドラマ」として構築されています。