初めて目にした人が必ずと言っていいほど関心を寄せるのが、古和釜町の地名の由来です。「古い和の釜」と書くこの珍しい名称には、地域の地形と古くからの開拓の歴史が深く関わっています。
船橋市史や郷土史料の記録によると、有力な説の一つは「地形由来説」です。下総台地とそこに入り組む谷津田(谷状の低湿地)の形状が、料理に使う「釜(かま)」の形に似ていたこと、さらに地盤が強固で崩れにくい土地を指す「強堅(こわ)」が転じて「こわがま」と呼ばれるようになったと伝えられています。
もう一つの伝承として、古代から中世にかけてこの地で土器や製塩、あるいは製鉄に関わる古い窯(かま)が存在したことにちなむという説もあります。いずれの説にせよ、江戸時代にはすでに下総国葛飾郡「古和釜村」としての記録が残っており、台地の恵みを受けながら脈々と農業が営まれてきた由緒ある集落であることが歴史的な事実です。