社会心理学的な観座から考察すると、マツコ・デラックスという存在は、大衆が抱えるストレスや言えない本音を肩代わりして発散する「社会的触媒」の役割を果たしてきました。華麗なドレスとフルメイクは、その重責を引き受けるための公的なコスチュームです。
私たちが過去のマツコ デラックス 写真やすっぴんの姿に惹きつけられるのは、その巨大なペルソナ(仮面)の下に、誰よりも繊細で、孤独を知り、自らの足で生きてきた一人の誠実な人間・松井貴博の呼吸を感じ取ることができるからに他なりません。過去のイケメン時代も、編集者時代の苦闘も、現在の巨躯も、すべてはひとつの線で結ばれた生き様そのものです。