この地に刻まれた激動の歴史を理解するには、時計の針を世紀の変わり目である2000年まで巻き戻す必要があります。当時、規制緩和に伴う大規模小売店舗立地法(大店立地法)の施行を受け、全国の郊外でロードサイド型巨大モールの建設ラッシュが巻き起こっていました。
観覧車に映画館…岐阜を熱狂させた「リバーサイドモール」時代
2000年3月、地元デベロッパーの主導により、前身となる「リバーサイドモール」が堂々たるオープンを飾りました。東海環状自動車道の開通を見据えた立地戦略のもと、東海地区初進出のアウトレットゾーン、大型シネマコンプレックス(旧シネプレックスワールド真正、後のユナイテッド・シネマ真正)、天然温泉施設「ぬくもりの里」、そして本巣市のランドマークとなった全高約65mの巨大観覧車「ワンダーホイール」を併設。100店舗を超えるテナントが集結し、初年度は休日ごとに周辺道路で数キロメートルにおよぶ大渋滞が発生するほどの熱気でした。
当時の一次報道や地元財界誌の記録を振り返ると、年間来場者数目標を500万人規模に設定し、岐阜県下のみならず愛知県北部や滋賀県からの越境集客をも見込んだ破格の大型プロジェクトであったことが分かります。
テナント撤退と突然の停電|リニューアル直後の崩壊ドミノ
しかし、その繁栄は長くは続きませんでした。2000年代半ば以降、近隣エリアに「モレラ岐阜」(2006年開業)や「イオンモール各務原」といった圧倒的な資本力と店舗面積を誇る最新鋭のライバル施設が相次いで進出。リバーサイドモールの客足は目に見えて減少し、有力テナントの流出が加速しました。
運営体制の行き詰まりから事業再生を図るべく、2010年9月、施設名称を「リオワールド」へと変更。起死回生のリニューアルオープニングキャンペーンを展開したものの、集客の反転には至りませんでした。さらに運営会社を巡る経営トラブルが表面化し、2010年秋には光熱費の未払いから施設全体が突然の電力供給停止(停電)に見舞われるという前代未聞の事態が発生します。暗闇に包まれた館内で営業を断念せざるを得なくなったテナントが相次ぎ、最終的に2011年3月、東日本大震災の混乱が日本中を覆う中で、誰にも看取られることなく完全閉鎖へと追い込まれました。