本作のもうひとつの魅力は、後半を支配する怪人物アズダクの存在です。彼は決して清廉潔白な聖人君子ではありません。公然と賄賂を受け取り、法典の上に腰掛け、法解釈をデタラメにねじ曲げるペテン師のような男です。
なぜブレヒトは、崇高な正義の代弁者ではなく、このような道化を裁判官に据えたのでしょうか。
作中の時代背景は、既存の法律や道徳が支配階級(富裕層)の既得権益を守るためだけに作られた不正義の社会です。平時における「法」とは、持てる者が持たざる者から奪うための道具に過ぎません。だからこそブレヒトは、戦争による無秩序と混乱の裂け目に生まれた「アズダクの治世」という短期間のカーニバル的狂騒の中でしか、真の人間的正義は実現し得ないという痛烈な社会風刺を提示したのです。
アズダクの型破りな裁判は、形式主義的な法律の欺瞞を打ち砕き、「本当の正義とは誰のためにあるのか」を観客に鋭く問いかけています。