『天城越え』のドラマ構造を紐解く上で、長年ファンの間で論争となってきたのが「二人の関係性は不倫なのか」「最後は心中したのか」という問いです。歌詞の微細なニュアンスを検証すると、不倫関係による破滅の逃避行というプロットが極めて濃厚に浮かび上がってきます。
冒頭の「隠しきれない 移り香」という描写は、主人公の女性が男性の身体から別の女性(多くは本妻、あるいは別の愛人)の気配を敏感に察知していることを暗示します。「誰かに取られるくらいなら」という言葉は、ライバルとなる別の存在がいるからこそ生じる切迫感です。家庭や社会的立場を捨てきれず、どこか及び腰な男性に対し、女性は人生のすべてを賭けてこの逃避行に挑んでいます。
気になる「結末」について、実際のニュースのような心中事件として死体が見つかる描写はありません。しかし、この旅路の終着点は死以上の重みを持っています。「あなたと越えたい 天城越え」と繰り返されるリフレインは、単に峠を物理的に越えることではなく、社会規範や倫理の境界線を完全に踏み越えることを意味します。生き残ったとしても世間には戻れず、死を選んだとしても二人で落ちていく――どちらに転んでも二重の破滅が約束された「精神的な心中」こそが、この歌が提示する衝撃的な幕切れなのです。