あの日、多摩川の堤防は決壊していなかった。それにもかかわらず、なぜ駅前一帯が泥水に呑み込まれたのか。その元凶こそが「内水氾濫」である。
2019年の令和元年東日本台風において、記録的な豪雨によって多摩川の水位が急上昇した。川の水位が街の排水路よりも高くなった結果、雨水を川へ吐き出すはずの排水樋管(ひかん)から、逆に多摩川の濁流が下水道を伝って市街地へと逆流したのだ。
国土交通省と川崎市の検証調査が浮き彫りにしたのは、近代都市が抱える脆弱な構造だった。武蔵小杉駅周辺はかつて多摩川が蛇行していた低地部を含んでおり、雨水が集まりやすい地形的宿命を背負っている。川からの逆流と、地表に降り注ぐ膨大な雨水の逃げ場が同時に失われたことで、わずか数時間のうちに道路冠水と地下空間の水没が引き起こされた。